さまよえる仔羊

優柔不断全開、人生の迷子であるひつじ™のアレコレ。

Book: 「鷺と雪」北村薫

はじめて北村薫作品を読んだのはもう10年前。
団塊世代の男性の大絶賛を聞いてのことでした。
なるほど、北村氏は団塊世代。
これは当たり外れが大きいぞと思いつつ「夜の蝉」を書店で手にしたのですが、日常に紛れる小さな謎とやさしい語り口。
すっかり北村ワールドにはまってしまい、その後立て続けに彼の作品を買い漁りあっという間に読み尽くしてしまったことを、この本に出会うまですっかり忘れていました。

年の瀬押し迫った2011年12月半ば、芥川賞直木賞を取った作品をできるだけ多く読んでみようと思い立ち図書館へ足を運びました。
豊島区の巣鴨図書館は各賞を受賞している作品の背表紙には、それと分かるようにラベルが貼ってある。
作家別に整理された棚にはポツリポツリとラベルの貼られた背表紙が。
ぶらぶらと背表紙のタイトルを眺めながら、おやと惹かれるものに手を伸ばしてはパラパラと捲ることを繰り返すこと数十分。
直木賞のラベルの付いたなんとも雅なタイトルのこの本を見つけ、北村薫の名前がその下に書かれているのを見るやいなや、ハードカバーをものともせずに慌てて手に取った次第です。

私が北村世界に抱いている印象は、昭和の女子高。
こんな女子、今時本当に存在するのだろうかと思うような、時に大人のように賢く、時に子どものような 純粋な目をした少女が主人公。
日常に潜んだ不思議な謎を追ううちにあっと息を呑むような真実に行き当たる。
自分の中にもかつて住んでいただろう少女の心に出会えるような作品。

が、この「鷺と雪」は舞台は明治時代、主人公は爵位を持った家のお嬢様。
これまでとは少し勝手が違います。
とはいうものの、主人公の賢さ闊達さ、友人に見せる優しさや繊細さは私が知っている北村世界そのもの。
ずんずんと読み進め、最後のシーンには「あぁ!」と思わず知らず声が出てしまう驚き。
私の知っている北村ワールドがそこにはあり、ついでに10年前の様々なことを思い出し、この本を薦めてくれた恩人はもうこの世にいないことを思い出し、なんともせつない気分になりました。

細かいことは触れません。
前知識は入れずに、是非頭から読んでください。
読み始めは、主人公のお嬢様ぶりにちょっと首の辺りがくすぐったい思いがするかもしれません。
でも、すぐに慣れます。
自分の中のピュアな部分が顔を覗かせ、彼女のまっすぐな視線を通して世界を楽しむことができます。
たいせつな人の顔を思い出すはずです。 
そして、必ず最後にあっと息を呑むか、目を見開くか、自分の胸がトクンと音を立てるのを聞くでしょう。 

それにしても、北村作品を読むたびにいつも思うのですが、彼の作品を読んでいると無性に本が読みたくなる。
書籍への愛着を強く感じるのです。
折々に引用されるまだ見ぬ作家の作品やことばは、どれもこれも読んでみたいと思わせられます。
きっと誰よりも文学を愛し、誰よりも本を読んでいる人なのだろうと思っていたのですが、その謎は後日いとも簡単に解けてしまいました。
その話は、今読んでいる北村作品を読み終えた時にでも。

いつまでもまっすぐな心で真実を見いだせる人間でありたい。
誰に対してもやさしくいられる人間でありたい。
そんなことを思える作品です。 

※ 2009年上半期 第141回直木賞受賞作