さまよえる仔羊

優柔不断全開、人生の迷子であるひつじ™のアレコレ。

Book: 「ほかならぬ人へ」 白石一文

タイトルがずっと気になっていた。
単行本の表紙のイラストも気になっていた。
泣いているのだろうか。
悔いているのだろうか。
愛しい誰かを思っているのだろうか。 

男女の恋愛を綴った短編集で、タイトル作品は冒頭にある。

私自身は疾うの昔に恋愛に対するファンタジーを失ってしまった。
男性に対する理想や希望、欲望のようなものも小さく残しているに過ぎない。
だからなのか、読後に作者のプロフィールを読みながら、男女の恋愛を描くことに長けているという白石作品にはあまり縁がないと思えた。

どうしようもなく、まるで引力のように惹かれ合う男女とそれに振り回される男女。
そんなエピソードが次々と出てくるが、どうしてそうなるのかと思わずにはいられない。
その人がたいせつと言うならば、なぜ、早くから気づかないのかと。
自分の相手はこの人ではないと気づくのが遅すぎると。
私自身が分かっているからではない。
登場人物たちの傷が深まるのを見ていられないからだ。

しかし、二本目のエピソードに入り、星の引力に振り回されるように、私もまたこの本のタイトルが持つ力によって「読まされた」のだと思うことにした。
この作品には、私と父の名前が出てくる。
父の名前に到っては漢字まで一緒だ。
そうして、著者が意図しない妙な親近感を持って作品を読み続けることによって、私なりに気づいたことは、確かにあった。

等身大で読むよりも、恋愛の渦から遠ざかった頃に読むのがちょうどいい作品かもしれない。
そうでなければ、たくさんの迷いが生じそうだ。

 ※ 2009年下半期 第142回 直木賞受賞作